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死産で生まれた双子の男児の生命を、救うことはできなかったかと胸が痛む。
日本では外国人の技能実習生を含め妊娠中の女性には必要な健診が提供され、安全に出産する制度が用意されている。
政府は妊娠や出産、医療や働き方についての基本的な制度があることを実習生に正しく伝えているか。渡航を仲介した監理団体や、受け入れた事業主は理解して守っているか。政府は制度の周知と法令順守を徹底しなければいけない。
双子の男児を死産し、自宅に放置したとして、ベトナム国籍の元技能実習生、レー・ティ・トゥイ・リンさんが死体遺棄罪に問われた裁判で、最高裁は1、2審の有罪判決を破棄し、無罪を言い渡した。リンさんは令和2年に、熊本県の自宅で双子を死産した。遺体をタオルでくるみ、名前や弔いの言葉を記した手紙とともに、段ボール箱に入れて、1日余り部屋の棚の上に置いていた。
1審の熊本地裁と2審の福岡高裁は、いずれも執行猶予付きの有罪としたが、最高裁はリンさんの行為について「習俗上の埋葬などと相いれない処置とは認められない」と結論付けた。
妊娠や出産は女性の基本的な人権だ。問題はそれが守られていなかったことだ。リンさんは「妊娠を明かせば帰国させられる」と誰にも相談しなかった。
日本には妊娠した女性労働者が保護される法律の規定があり、技能実習生にも適用される。リンさんにこうした規定の存在が伝えられていなかったなら、関係者の責任は重大だ。
妊娠や出産を理由に解雇などの不利益な取り扱いをすることは禁じられている。母性保護の観点から産前産後には休業できる規定があり、分(ぶん)娩(べん)費にあたる給付も受けられる。市町村の窓口で母子健康手帳を受け、無料で定期健診を受けられたはずだ。
ところが、母国の送り出し機関などで「妊娠したら仕事を辞めてもらう」などと説明されているケースがある。実習生の4人に1人が、このように言われた経験があるとの調査結果もある。
妊婦を保護する制度があっても利用されなければ同じような悲劇がまた起きかねない。政府は、実習生に制度の存在を周知徹底するよう、雇用主ら関係者への指導を強化すべきだ。
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2023年4月3日付産経新聞【主張】を転載しています